平々凡々な生活に満足してますか?妻には妻の人格があるのです!

性別 男性
イニシャル Y.T.さん
結婚した時の年齢 43歳
結婚した時の相手の年齢 38歳
結婚期間 16年
子ども 1人

結婚は人生の墓場。人から揶揄されたり、自分自身で実感したりと、結婚のイメージはネガティヴに受け取られがちですが、はたしてそうでしょうか?

交際を重ね結婚を見いだした頃の私は結婚は薔薇色の人生であると考えていました。

実際、結婚生活がスタートしてからも愛する人との暮らしは薔薇色そのものでした。十数年後にお互いの事が理解し合えなくなるとは思ってもいませんでした。

至って普通の結婚生活に幸せを見いだしていました

妻との出会いは今で言う合コンの様な飲み会でした。意気投合してすぐに交際を始め、わずか半年足らずで結婚を誓い合いました。

子供も一人授かり、私からすれば極々普通でありながらも大変幸せな生活を送っていました。妻は専業主婦。子供は小中高と公立校に通いました。

私の仕事柄、休日は少なく残業も多かったのですが、家庭を顧みない夫では無かったと自負していました。旅行は年に一度は必ず行きましたし、休日には近所のショッピングセンターに買い物に出掛けたりしていました。

そんな生活の中で、なにか妻との会話に違和感を感じ始めたのが、結婚16年を過ぎたころでした。

訳がわからないまま別居から離婚成立へ

感じ始めた違和感とは、今迄なら当たり前だった事柄に意見を入れたり、些細な事に強く反応したりと、明らかに私の考えや方針を否定する態度が多くなったのです。

思い当たる節も無く、女性特有の加齢による精神反応かと勝手に思い込んでいました。その後は家事の手抜き、子供への関心の欠如、私への暴言や無視等、事態は悪化の一途をたどりました。

妻の方から何かしら要求をしてくれたら私も対処のしようがあるのですが、どんなに意図を理解しようとしても当時の私には無理でした。毎日、何かしらの理由で言い争いなり仕事から帰宅する足が重くなっていったある日、妻がこう切り出してきました。

「暫く別々に暮らしたい」と。何度も話し合いましたが、嫌がる相手を説得して生活を続けても、それはもうまっとうな結婚生活では無いと感じ別居を受け入れました。

実家に引っ越した妻は数か月後にアパートを借り、そのタイミングで離婚届が送られてきました。私はサインして送り返しました。離婚の成立です。

物事に対する考え方は三人三様。妻には妻の考えが

離婚して6年が経とうとしてる今、妻が去っていった理由がなんとなく理解出来てきました。

結婚と共に住んだ場所はお互いにまったく所縁の無い町でした。専業主婦だった妻はその地で初めての子育てをし、新たな人間関係を築きながら頑張ってくれました。

私は、そんな妻を大事に大事に扱っていたつもりでした。妻が離婚を考え始めたきっかけはインターネット等の普及により外の世界を知り、閉ざされた自身の生活に嫌気がさしたのではないかと考えます。

パソコンと携帯電話を持たせてからすぐに外で働きたいと言い出し、了承しました。その時期と妻が変貌し始めた時期とが合致しています。

私が反省すべきは、妻も一人の人間であって誰に所有されるものではなく、自身の意思で人生を歩んでいくべきなのだと気付くのが遅すぎた事です。

お互いが歩み寄れなくなれば結婚生活は続けられません。相手が考え抜いて出した答えに、もうこれ以上私の思惑を論じるべきではないと思い、離婚にたどり着きました。

離婚後、私は180度生き方を変えて生きています

16歳だった娘は私のもとに残りました。娘の意思を尊重した結果です。おそらく母親としての役割を終わらせてあげたかったのだと思います。

私は離婚しなければ気付かなかった人の心との付き合い方を学びました。妻であれ娘であれ、友人であれ隣人であれ、自分の物差しで判断し付き合っていく事の怖さを。

今の私は人との付き合いにかなり臆病になりました。自分をさらけ出す事をやめました。私のせいで、人が不快な思いをしないか、逆に人の言動で自分が傷つきやしないかと。孤独になりました。

娘の存在だけに固執している自分が情け無くもあるし、それでいいと思う気持ちもあります。もしもまだ妻と仲良く生活していられたらどんなに幸せだったのかと、考えてしまう時もあります。

何が正解で何が不正確かなんて誰にも知り得ないですが、今はっきりと言える事は、人の人生を背負い込んだり、人の生き方にレールを引こうとするのが結婚では無いと言う事です。

誰もが皆、対等、平等なんだと言う考えを持ち続けて、これからの人生を送っていきます。

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