結婚も離婚も後悔なし!幸せは自分の心が決めるものです

性別 女性
イニシャル k.o.さん
結婚した時の年齢 21歳
結婚した時の相手の年齢 32歳
結婚期間 16年
子ども 1人

離婚は結婚よりもパワーが要る作業だとよく言われますが、私は離婚を決断するまでに10年かかりましたのでいろいろなパワーを既に使い果たして、離婚は長いトンネルの出口のような希望の道でした。

間違えたと思ったらリセットすることも人生には必要ですね。

憧れのビジネスマンと結婚

私は21歳で11歳年上の夫と結婚しました。取引先の営業マンとOLというありきたりな出会いでした。

それまで同い年の男性としか付き合っていなかったので、かなり年上の夫は精神的にも経済的にも頼もしく見えました。損害保険会社勤務で収入も良かったのと、結構イケメンでスーツが似合ってたのも高ポイントでした。

当時二十歳になったばかりで大人の世界に憧れていたのかもしれません。1年半ほどの交際の後に結婚しました。家族の反対もなくすべてが順調で怖いくらいに幸せでした。子供ができるまでに4年かかりましたが、一人息子も産まれ、郊外にマンションも買って平和な専業主婦でいました。

給料は夫が管理して、私は生活費をもらうだけ、決して多くはなかったけれど遣り繰りでなんとかしていました。夫も交際費が必要ですし、貯蓄もしていると聞いていたので安心していたのです。

夫の起業・・・そして失敗

夫が保険会社を辞めて独立したいと言い出したのは子供が2歳のときでした。保険関連ではなく友人と貿易の会社をするというのです。私には詳細は知らされませんでしたが年齢も39歳で最後の大勝負という気でいたみたいでしたので反対はしませんでした。

でもすぐに失敗。計画が甘かった上に友人にも裏切られあちらこちらに借金をしていたようです。プライドの高い人でしたので私には多くは語りませんでした。そ

れまで私が働くことを嫌がっていたのに急に子供を保育園に預けて働くように言われましたのでかなり切羽詰まっていたのでしょう。仕方なく無認可の保育園に預けて働き始めました。

自宅マンションを担保にして借金をし、再度チャレンジした事業もうまくいきませんでしたがそれも長い間私にはうまくいっているように取り繕っていました。

生活費は毎月少ないながらも渡してくれてたのですが住宅ローンを払うといつも足りなくて私なりに子育てしながらパートの掛け持ちをして家計を支えていました。

借金で感覚が麻痺した夫

ところが子供が小学校高学年になったのを機に私がパート先で正社員になった途端に借金の保証人にさせられ、生活費も入れてくれなくなりました。

私のお給料で生活費もマンションのローンも払うようになりました。そこからはもう夫もプライドなど無くなったのか、金が無い、月曜までに20万円要るといったことを平気で言い出すようになり、貯金も次々に解約し、保険も借り入れをいっぱいまでした挙げ句に解約、自分の親兄弟はおろか私の両親にまで私に内緒で借金をしていたのです。

長いこと私はそのことを知らずに親の前では元気で幸せなふりをしていました。愛する人と結婚して子供もできて、その生活を守るのに必死でした。

馬鹿なひとことで決意

破綻のきっかけはあっけなかったです。「俺はおまえが思っているほどおまえに感謝はしていない。だっておまえが正社員になるまでが俺が養っていた。」と言ったのです。本当に馬鹿な男でした。

嘘でもありがとうとか、今は苦しいけどがんばってみたいなことを言えたなら私もついていったでしょうに。その頃に実家に借金されたこともわかり、不信感がつのって離婚することになりました。

最初は考え直すように言われましたが、私のお給料で生活し、しかも家事を一切手伝わず、借金ばかり増やしてくる人と暮らす理由などありませんでした。

後悔はしていません

離婚と同時に自己破産の手続きを進めることになりました。私は夫の保証人でもあったのです。離婚したからと言って債務を逃れることはできません。

でも離婚した後も夫の借金を返していくのは耐えられませんでした。夫の兄が弁護士費用は出してくれました。

転校はしたくないというのが息子の唯一の希望だったので、近所の公団でささやかな母子家庭の生活が始まりました。家財道具はすべて置いて出たので一からでしたが、元々自分のお給料で生活をしていたので怖い物はありませんでした。

年月が流れ、息子も結婚して孫も二人できました。あれから夫には会っていません。息子は孫の顔を見せに行ったようです。親子の絆は断ち切れないので仕方ありません。

私自身は結婚したことも離婚したことも後悔はしていません。すべて自分で決めたことです。自分の幸せは自分で決めます。

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