結局自分の子供が大事!子連れ再婚でうまくいかず離婚に

性別 女性
イニシャル T.S.さん
結婚した時の年齢 29歳
結婚した時の相手の年齢 32歳
結婚期間 0年
子ども 1人

私にとっては、2回目の結婚であり、離婚でした。相手はすでにバツ2、子供もいる人で、バツ同士・子連れ同士だったので、うまくいくと思っていました。

でも、子連れ同士の再婚には、本人同士だけではない大きな問題が隠されていました。

夫の家族はとてもあたたかかった

私は神奈川県、夫は千葉県だったんですが、私は全てを捨てて千葉へ行きました。なので、再婚同士だという事もあってか、夫の家族はとてもあたたかく迎え入れてくれました。

お義母さんもとても優しく、正月などには「あなただけいらっしゃいよ」と呼んでくださって、「内緒でお年玉よ」なんて私にお年玉をくださり、「たまには自分のために使いなさい」と気遣いをしてくれるような方でした。

なので私は、前回の離婚原因と比較してしまい、とても幸せな気持ちになっていました。もちろん、夫との仲も順調で、とても楽しく幸せな毎日でした。

免停中の夫を毎日送迎したり、子供の学校へ行ったり…彼の連れ子であっても自分の子のようにかわいがり、毎日を過ごしていました。

陰でわが子がいじめられていた

1か月もすると、私の子が私のもとへ寄ってこなくなりました。でも、夫の連れ子はものすごく寄ってきます。不思議でした。あるとき、子供部屋へ様子を見に行くと、夫の連れ子が私の子をいじめている場面に遭遇したんです。

私の所へ来ようとしたわが子に、行くなと引き留め、いじめるぞ、のような形で行かせないようにしていたんです。そうだったのかとショックでした。

もちろん、夫にはそのことを相談しました。でも、夫は信じてくれず、何も改善されることはありませんでした。

私は夫の連れ子をかわいがることができなくなり、学校から帰ってくるだろう時間を見計らって、わが子を連れて買い物に出かけるようになりました。もう、気持ちはすでに離婚に向いていました。

とにかく離婚しようと思った

何の準備もしていませんでした。とにかく神奈川へ戻ろう、そう思っていました。自分の車で神奈川へ向かい、とにかく住む家を探し、アパートを見つけ、離婚の意思を告げ、荷物を引き上げました。

結局、自分の子供に母親を作ってやりたかっただけのようで、離婚自体はスムーズでした。当時の私は、お役人の職を捨ててはいなかったので、生活していく自信はありました。

もともと母子家庭だったんだし、という思いもあり、混乱はありませんでした。ただ、離婚に際して大変だったのは、子供が養子縁組をしてしまっていたので、それを元に戻す処理でした。

生活は元に戻っただけだった

離婚して後悔はしませんでした。お互い「自分の子が大事」だったということがわかり、愛情も冷めてしまったのかもしれません。

ただ、周囲に対して恥ずかしいという気持ちはあったので、離婚しなければよかったのかなと思ったことも多少はありました。

でも、結局は生活が元に戻っただけ、今はまたシングルマザーとして子供と楽しく生活しています。

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