アメリカでの生活に溶け込めず離婚を決意!日本で穏やかに生活しています

性別 女性
イニシャル M.T.さん
結婚した時の年齢 33歳
結婚した時の相手の年齢 31歳
結婚期間 5年
子ども 1人

私は昨年末に離婚をしました。私たち家族はアメリカで生活をしており、主人はこのまま定年近くまでアメリカで生活がしたい、私は子育てをするにも生活をするにも日本の方が安心で子供には日本の教育を受けさせてあげたい、子供も日本での生活の方いいという意見の違いから、私と子供だけが日本に戻るという選択をして離婚をしました。

主人の仕事でしぶしぶアメリカについて行く

主人は私に何の相談もなくアメリカの仕事の就職試験を受けました。最終面接まで行ってほぼ内定が決まった時点で始めてアメリカに行くことを私に話しました。

私は英語も話せないし、生まれてから今まで地元を離れて生活をしたことがなかったためアメリカに行くのは反対でした。しかしもうすでにほぼ内定しているということで、後戻りはできないと言われました。

なぜ試験を受ける前に相談してくれなかったのかと聞いてみたのですが、アメリカに行くのが嫌なら離婚して日本にいればいいと言われ、とても悲しい気持ちになりました。

確かに主人の仕事があってこそ生活ができているのではありますが、私にだって生活する場所を選ぶ権利はあります。ましてや言葉も文化も違う外国なんてもってのほかです。

しかしもうアメリカについて行くしか選択肢はありませんでした。

私も子供もアメリカの生活に溶け込めない

アメリカでの生活が始まり、子供が幼稚園に入園しました。しかし日本の幼稚園を経験した子供にとっては環境が違う、言葉が思うように通じない、ということで幼稚園に行きたくない毎日泣いていました。

日本の幼稚園の美味しい給食が食べたい、お友達と日本語で遊びたい、そんな気持ちは私は十分理解できました。主人はもともと英語が話せて言葉も不自由なく生活していますが、私も子供も英語が話せないため何をするにも一苦労です。

主人はもともと人のために何かをしてあげる、というのが面倒くさい性格なのでほとんどサポートはありませんでした。日本語の幼稚園はあったのですが、学費がかなり高く、それでも入れてあげる価値はあるのではと提案したところ、そんなことをしたら日本に一時帰国するためのお金がなくなるので、一時帰国は無理だと言われました。

親や友人などの大事な存在がいる恋しい日本がどんどん遠くなっていく現実が耐えられませんでした。

子供と二人で帰国を決断、そして離婚

なんでアメリカなんかで生活しなければならないだろう、いっそのこと子供と日本に帰りたいとずっと思っていたのですが、仕事もなく子供を育てていく力がないためずっと決断できずにいました。

せめて子供をアメリカの日本人学校に入れてあげたいと思って頑張って節約をしていたのですが、日本にいたら普通に通える学校なのにアメリカにいるからという理由でなぜこんなに欲しいものを我慢して節約しなければならないのかと、バカバカしく思い始めました。

それに主人はせっかくアメリカにいるのだから、アメリカの学校に入れて英語を学ばせたい、日本の教育にこだわる必要はないという考えでした。

しかし私も子供もやはり日本での生活に戻りたい気持ちが強く、これ以上アメリカにいても精神的に辛いだけだと思い、渡米して5年後ついに日本に帰国する決断をしました。

それでも主人はアメリカに残りたいという考えだったので、帰国から3か月後に離婚をしました。今は自治体からの有り難い手当とわずかな収入で生活していますが、子供も楽しく学校に通っていますし、美味しい給食も食べられてとても楽しそうです。

子供を連れて日本に戻るという決断をするまでに時間がかかりましたが、これでよかったと思っています。

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ