惰性の生活は終わりがきます!離婚と決めたら事前の準備が必要!

性別 女性
イニシャル S.S.さん
結婚した時の年齢 29歳
結婚した時の相手の年齢 29歳
結婚期間 7年
子ども 1人

よく結婚する時より離婚する時の方が数倍も大変だ!

と言いますが、本当にその通りでした。

心身共にボロボロになりました。毎日が地獄のようで今はもう思い出したくない過去です。

出逢った頃の2人

どこにでもいる普通のカップルだったと思います。職場で出会い、お互いに惹かれて付き合い始めました。

デートを重ね距離を縮めていきましたが、時折衝突することがありました。同じ年なので、そんなものだろうとその時は深く考えもしませんでした。今思えば、頻繁に喧嘩をしていたのも、性格が合わないシグナルだったのかもしれません。

付き合って1年位経過した頃、会社では見せない彼の性格が見え隠れするようになりました。一言で言えば自己中心的な人でした。自分の気分次第で口をきかないとか、短気ですぐにカッと怒り出し汚い口調で私を罵ったりしました。

暴力も時々ありました。何度も別れようと思い別れ話もしましたが、若さだったのかバカさだったのか別れには至りませんでした。

惰性で結婚してしまった

それでも結婚すれば性格が穏やかになると思っていました。

上手くやっていけると思った私が甘かったのかもしれませんね。結局は若さです。彼の両親を見ていて感じたのが、強い男尊女卑の家庭だったので、育って来た環境も関係しているのだと思いました。

結婚しても相変わらずの自己中心で、何を考えているのか分からない気難しい性格のままでした。いつも喧嘩ばかりしていましたね。それでも離婚は考えませんでした。離婚することに罪悪感があったのかもしれません。

妊娠と出産後の変化

結婚後、暫く子供ができませんでした。ところが結婚5年目に初めて妊娠しましたが、流産してしまいました。その時もお腹が痛いと言っている私に、テレビが聞こえないと怒鳴り、仕方なく近くの親戚に電話して来てもらい病院に行きました。

本当に人間として最低ですね。その時に離婚していればもっと違った人生を送れていたかもしれません。その1年後に再度妊娠し女の子を出産しました。子供が生まれても自己中は直りませんでした。

それどころか、育児には全く協力しませんでした。子供のいない時期が長かったので、それぞれが好きな事をやっていたり、共働きで生活面でも余裕がありましたので、急には変えられなかったのかもしれません。

子供が夜泣きすると煩いと怒鳴り、たまには抱っこするでもなく、一人で子育てをして、まるで母子家庭のようでしたね。それどころか、子供の面倒ばかり見ていて自分の世話をしないとまで言い出しました。どこまで身勝手なのでしょう。

夫の身勝手もNAXに!不倫発覚

相手にされず寂しかったのでしょうか。様子かおかしいので変化には気づいていましたが、子育てに追われる中、暫くは様子を見るしかありませんでした。

休日の外出は勿論のこと、外泊もするようになりました。思い余って、問いただすとアッサリ認めて離婚を切り出してきました。身勝手過ぎて呆れるしかありませんでした。可哀想なのは子供です。

離婚の準備をはじめました

翌日、実家に帰り子供を頼み、弁護士のところへ相談にいきました。法律の専門家なので離婚は日常茶飯事でしょう。何か冷たく感じました。親権や預金・不動産の処分にも話し合いが必要と思い調停を申し込むことになりました。

仕事を辞めてからは私名義の預金は使い果たしていましたし、退職金は子供の学資保険に回していました。無一文では子供を育てていけません。今思えば、もっと早くからコツコツと貯金したり、夫名義の預金を少しづつ移すべきでした。

手っ取り早いので、生活費はつい自分の口座から出していました。これは失敗でした。離婚の準備として仕事も探しておくべきだったと後悔しています。

調停から離婚へと

調停は男女1名づつの調停委員を交え話し合いを進めました。

ほとんどは弁護士が話してくれたので、私は肝心な時の確認程度でしたので助かりました。私自身は1円たりとも夫からお金をもらいたくなかったのですが、調停委員が気の毒の思ってくれたらしく、出来るだけ多くの養育費をと交渉してくれました。

不動産は売却し、当初はオーバーローンになるのではと心配しましたが、弁護士の知り合いの不動産業者が高く売ってくれたので残金は残りませんでした。夫のお金は要らないと慰謝料は拒否しました。

後になってそれが正解だったかはわかりません。養育費は夫の給料に見合った金額に決まりました。私は弁護士に依頼しましたが、それも一長一短です。高額の報酬を支払うことにはなりましたが、調停であれば調停委員がいるので、特別に依頼は不要だと思いました。

例えばその先に進み裁判になれば弁護士の力を借りると有利に働くのは言うまでもありません。

離婚後の生活は悲惨でした

実家で生活できるのであれば、何とかやっていけるかもしれません。しかし、私の場合は兄夫婦が両親と同居しており、実家に長期にお世話になる事が出来ませんでした。

1人で育てていくしかありませんでした。仕事を辞めてブランクもありましたので、なかなか就職先が見付からず苦労しました。離婚を決意したら事前に生きて行く道しるべを作っておくべきです。

地方自治体からの母子家庭手当などがありますが、生活は楽ではありません。子供の保育園もあります。

離婚後の心境はというと

生活は苦しいですが、夫の顔色を見ていつもビクビクすることが無くなりました。

心は穏やかになりましたね。今は離婚して良かったとつくづく実感しています。ただ、両親に心配をかけてしまったことが申し訳なくて。反省しています。

私自身も極度のストレスで病気になってしまいました。離婚に使うエネルギーは半端ないものです。

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